旬のスナップ 〜佐久地域の観光情報 〜 
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佐久地域の多様な自然環境や、豊富な農産物等の観光情報に関する旬の写真映像をご紹介いたします。
◆ 「旬のスナップ」 (過去掲載一覧その5)
| コナシの花 | 旧中込学校とフジの花 | ヤマナシの木 | 水田養殖用の親ブナ | 佐久バルーンフェスティバル |
| 小諸城址懐古園のサクラ | 長野牧場のサクラ | 福寿草 | ザゼンソウ | ふきのとう |
| 「シナノユキマス」のふ化 | 西方寺 | 北相木村家難祓(かなんばれ) | あさま山荘事件の顕彰碑「治安の礎」 | 軽井沢町「発地の地蔵尊」 |
| 軽井沢町「馬取の石仏群」 | 室生犀星文学碑 | 二手橋 | 北原白秋詩碑 | 三滝 |
立科町の立科牧場と女神湖畔では、コナシの可憐な花が満開です。
コナシは、学名では「ズミ」と呼ばれ、山地に生える落葉木、蕾は淡いピンク色で開花すると白くなります。
別名をヒメカイドウ、コリンゴ、ミツバカイドウとも言いますが、立科ではコナシと呼びます。
6月15日には、標高1,700mの高所ロードレース「白樺高原ビーナスマラソン in女神湖」開催される予定です。
※ 地図情報はこちら
※ 白樺高原観光協会 http://www.shirakabakogen.jp/
【旧中込学校とフジの花】(佐久市中込 平成20年5月30日撮影)
旧中込学校は明治8年(1875年)に建築され、現存する洋風の学校建築としては最も古い建築物であることで知られており、国の重要文化財、国史跡に指定されております。
建設当時は珍しかったガラス窓が多く使用され、特に1階の半円形の欄間と2階廊下の丸窓は、ステンドグラスがはめ込まれていることから、「ギヤマン学校」と呼ばれ、正面から見て縦長、前面にべランダが付くなど、特異な構成となっています。
校舎中央には八角形の塔があり、天井から時間を告げるための太鼓がつるされていたので、「太鼓楼」とも呼ばれていました。
また、フジの花が見ごろを迎え、薄紫色の花がほのかな甘い香りを漂わせています。
※ 地図情報はこちら
※ 旧中込小学校 http://www.city.saku.nagano.jp/bunkazai/nakagomi/nakagomi.html
野辺山高原の野菜畑の中で、ヤマナシの木が、白い可憐な花をいっぱいに付けています。
ヤマナシの木はバラ科の植物で、秋には直径3cmほどの甘酸っぱい香りの実をつけます。
ひときわ目立つ樹齢250年以上の巨木は、野辺山高原のシンボルと言われていて、 晴天の日には、残雪の八ヶ岳連峰と白い花のコントラストが特に素晴らしいと多くのカメラマンが訪れています。
6月1日には、山菜採りツアー・飯盛山ハイキング・野辺山観光地バス巡りなどが体験できる「野辺山高原小梨まつり」が開催 される予定です。
※ 地図情報はこちら
※「野辺山高原小梨まつり」の情報(南牧村観光協会 ホームページ)
【水田養殖用の親ブナ】(佐久市高柳 平成20年5月8日撮影)
佐久市にある長野県水産試験場佐久支場では、水田養殖用の「親ブナ」を養殖農家 に配布しました。
水田によるフナ養殖は、付加価値の高い低農薬米の販売とフナの生産ができるという一挙両得の利点から、佐久平一帯で広く行われております。佐久地域で養殖されているフナは改良ブナとも呼ばれ、昭和47年頃水産試験場佐久支場において育種されたものです。
5月に親ブナが産みつけた卵は、秋には体調5センチの小ブナに成長します。
「小ブナ」を甘露煮にして食する習慣は、佐久地方独特のもので、小ブナの身は味が良く骨まで食べられ、腸のほろ苦さは後を引く味といわれ、その味付けは各家庭の秘伝として、秋の味覚であるとともに、ふるさとの自慢料理の一つになっています。
※ 地図情報はこちら
※ フナに関する情報(水産試験場佐久支場ホームページ) http://www.pref.nagano.lg.jp/xnousei/suishi/sakana/funa.htm
【佐久バルーンフェスティバル】(佐久市鳴瀬 平成20年5月3日撮影)
今年で 16回目を迎える「佐久バルーンフェスティバル」は、ゴールデン・ウィークの風物詩として定着しているイベントで 、5月3日から5日の3日間の日程で行われました。初日の3日早朝は風が強かったため、気球の飛び立ちに時間差がありましたが、全国各地から集まった色鮮やかな 33機のバルーンが佐久の大空を駆け抜けました。
※ 佐久バルーンフェスティバル http://www.saku-balloon.jp/
【小諸城址懐古園のサクラ】(小諸市丁 平成20年4月25日撮影)
小諸城址懐古園は、桜の名所として名高く、ソメイヨシノ、ヒガンザクラなど約500本の花が咲き誇ります。日本さくらの会選定「日本のさくらの名所100選」にも選ばれています。
小諸城は別名「白鶴城」や「酔月城」とも呼ばれ、全国的にも珍しい城下町よりも低い位置に造られた「穴城」で、三の門に掛けられた「懐古園」の額は、国の重要文化財に指定され、徳川家達(いえさと)公の筆によるものです。
園内には、藤村記念館をはじめ小山敬三美術館、徴古館、郷土博物館、動物園、遊園地など数多くの文化施設が点在し、一年を通じて多くの観光客でにぎわっています。
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※ 小諸市観光協会 http://www.kanko.komoro.org/
【長野牧場のサクラ】(佐久市新子田 平成20年4月25日撮影)

佐久市のほぼ真ん中には約104ヘクタールの牧場が広がっています。佐久でお花見と言えば、長野牧場が有名で、明治39年に種馬所として 創設されて以来、一世紀が経過しています。正式名称は、独立行政法人家畜改良センター長野牧場 と言います。
気象条件に適した飼料作物優良品種の供給・確保するため、飼料作物種子の検定、生産配布及び品種証明等を行う全国で11箇所ある家畜改良センターの牧場の一つです。
隣接する駒場公園には、市民プール、美術館、図書館、テニスコート、多目的広場などがあります。
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※ (独)家畜改良センター長野牧場 http://www.nlbc.go.jp/nagano/
小海町小海原のザゼンソウ群生地の近くの日当たりの良い土手には、福寿草の花が咲いていました。
福寿草は、春一番新年を祝い、福を招く縁起の良い花として喜ばれ、春を告げる花の代表のひとつで、北国ではマンサクとも呼ばれています。
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小海町小海原のザゼンソウ群生地では、天候不順の影響で例年よりも早く開花が始まり、見頃を迎えています。
ザゼンソウは、仏像の光背に似た形の花びらの重なりが、僧侶の座禅を組む姿に似ていることが由来とされています。また、花を達磨大師の座禅する姿に見立てて「ダルマソウ」とも呼ばれています。
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寒さが例年に増して厳しかった冬が過ぎ、暖かい日が続いています。佐久合同庁舎の近くの畑の隅では「ふきのとう」が見られるようになりました。ふきのとうは、春の使者といわれ、雪解けを待たずに、山菜の中でも、一番早く目にすることができます。独特の香りとほろ苦さが新しい春の息吹を感じさせます。
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【「シナノユキマス」のふ化】(
佐久市高柳 平成20年3月26日撮影)
佐久市にある長野県水産試験場佐久支場で、昨年の12月に採卵し、受精した「シナノユキマス」がふ化しました。
今年は寒さが厳しかったため例年よりもふ化が遅れていましたが、3月に入り暖かい日が続いたため、水温の上昇とともにほぼ例年並みまで回復しています。
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佐久市跡部にある名刹「西方寺」は、元和三年(1617年)運蓮社法誉恵貞和尚が創建したといわれています。
鎌倉時代に一遍上人の広めた「踊り念仏」は、当時武家や貴族の特権階級に信仰されていた仏教を庶民に広げ、不安を乗り越える支えとなりました。
「踊り念仏」は、西方寺に受け継がれ、毎年4月の第1日曜日に保存会の皆さんにより再現され、国の無形民俗文化財に指定されています。
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【北相木村家難祓(かなんばれ)】(北相木村相木川
平成20年3月3日撮影)
北相木村で早春の風物誌「家難祓(かなんばれ)」の行事が行われました。北相木小学校の児童46人が、はんてん姿で雪の残る相木川の川原に集い、わらで編んだ「さんだわら」に折り紙のひな人形とそれぞれが悩みや心配事を書いた紙を載せ、手を合わせて「祓い事(はらいごと)」を声に出しながら行いました
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【あさま山荘事件の顕彰碑「治安の礎」】(軽井沢町発地
平成20年2月19日撮影)
1972年のこの日連合赤軍のメンバーが軽井沢レイクニュータウンにある山荘に立てこもりました。これが日本中を震撼させた「浅間山荘事件」ですが、あさま山荘事件の顕彰碑「治安の礎」は事件の翌年の1973年にあさま山荘を後方に臨む別荘地の入り口に建てられました。
碑の後ろには事件の教訓と犯人の凶弾に倒れ殉職された2人の警察官の功績を称えた文章が刻印され、碑の右横には事件当時の様子が刻まれた銅板がはめこまれています。
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【軽井沢町「発地の地蔵尊」】(軽井沢町発地 平成20年2月19日撮影)
「女街道」とは、中山道そのものや中山道の脇道を指すこともありますが、軽井沢町では和美峠から借宿までを女街道とよばれています。
その名称の由来は、江戸時代に難儀な碓氷峠越えや「入鉄砲出女」といわれたように幕府が江戸から出る女性を碓氷の関所で特に厳重に取り締まったため中山道を避けた女性が裏街道として利用したからといわれています。
当時旅人が道中の安全を願って建てた地蔵尊がここに集められています。
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【軽井沢町「馬取の石仏群」】(軽井沢町発地 平成20年2月19日撮影)
「女街道」沿いの、馬取地区の高台に破片を含めて88体の石仏が並んでいます。この石仏は江戸時代中期にこの地区の人々が苦しい生活の中から費用をうみだし、これらの石造物を造り、日常生活の安穏あるいは病気の平癒や、秋の豊作を祈願したものといわれており、当時の民間信仰の様子がうかがうことができます。
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【室生犀星文学碑】(軽井沢町旧軽井沢銀座
平成20年2月19日撮影)
旧軽井沢銀座通りを抜け、矢ヶ崎川のほとりの閑静な中に室生犀星の文学碑があります。「かげろふの日記遺文」で野間文芸賞を受賞した記念として、昭和36年の夏に、ご自身が建てられたものです。
かたわらに立つ俑人像の下には犀星夫妻の遺品が納められています。
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【二手橋】(軽井沢町旧軽井沢銀座 平成20年2月 19日撮影)
旧軽井沢銀座のはずれにある矢ヶ崎川に架かる二手橋は、旧中仙道を旅する当時の風情が偲ぶことができます。
二手橋の由来は、軽井沢宿に泊まった旅人が互いにこの橋の上で名残を惜しみながら手を振って二手に別れたという説と、旅人を送り出す旅籠の人がこの橋で見送り「どうぞお気をつけて、それではこれにて」と別れたという説があります。
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【北原白秋詩碑】(
軽井沢町長倉 平成20年2月15日撮影)
白秋は37歳の晩春から初夏にかけてこの地に滞在しましたが、この時、朝夕に落葉松林を散策し、名作「落葉松」が生まれました。
この碑には、白秋の詩の全文が活字体で、第8節が自筆で刻まれています。
〔第1節〕 〔第8節〕
からまつの林を過ぎて 中 世の中よあはれなりけり
からまつをしみじみと見き … … 常なけどうれしかりけり
からまつはさびしかりけり 略 山川に山がはの音
たびゆくはさびしかりけり からまつにからまつのかぜ
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北相木村の三滝山には、大禅・小禅・浅間の3つの滝があり、これらを総称して三滝と呼ばれています。
このうち、一番大きい大禅の滝は厳冬期には氷結し、壮大な氷柱になりますが、現在見頃をむかえています。氷柱は松かさ状で青く輝き、自然が織り成す神秘的な造形美を楽しむことができます。
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※ 三滝に関する情報は北相木村のホームページをご覧ください。 http://www.ytg.janis.or.jp/~kitaaiki/