交通信号機の歴史
   日本の交通信号は大正8年(1919年)に、東京の上野広小路交差点で、木の板に「トマレ」、「ススメ」と文字を書き、これを回転させて使用したものが第1号です。電気を使用した信号機は昭和5年(1930年)に東京の日比谷交差点に設置されたものが最初です。アメリカから輸入されたもので、赤、黄、緑の3色の灯器が使われました。
   長野県で信号機を設置したのは、昭和29年で、長野市の新田町交差点が第1号でした。昭和31年になって、長野市の末広町交差点に第2号、裾花小学校入口(現在の九反)交差点に第3号の信号機を設置しました。
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年 度 昭和29年 昭和39年 昭和49年 昭和59年 平成6年 平成15年
交通信号機数 1 105 947 1,935 2,575 3,046

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  写真で見る長野県の交通信号機 今昔

長野県で初の信号機が設置された
新田町交差点(長野市)

現在の新田町交差点
昭和43年当時の新田町交差点(長野市) 現在の新田町交差点
・写真は昭和43年当時
 新田町交差点は昭和46年に、県下初の
横断歩道をクロスさせたスクランブル方式
を採用しました。
 また、やはり県下初となります目の不自由
な方用の電子演奏装置歩行者用信号機を
昭和47年に設置したのもこの新田町交差点
です。
 

2番目の末広町交差点(長野市)

現在の末広町交差点
昭和43年当時の末広町交差点(長野市) 現在の末広町交差点
・写真は昭和43年当時

3番目の裾花小学校入口
(長野市・現在の九反)交差点

現在の九反交差点
昭和43年当時の裾花小学校入口(長野市・現在の九反)交差点 現在の九反交差点
・昭和43年当時
  今は見られなくなった警察官の手信号
昭和31年  交通安全旬間で交通整理をする警察官
 後方に信号機が見えますが、警察官が手信号で交通整理をしているのは、まだ信号機に慣れていなかったからでしょうか。
昭和32年  警察官の交通整理コンクール
交通安全旬間で交通整理をする警察官 警察官の交通整理コンクール

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